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折りたためることが重要な扇子の起源

原型は古代中国で


緩やかな風を起こすことができる扇子は、優雅に使うことができます。道具として考えるだけではなく、所作としても重要な意味を持ってくるでしょう。竹や木でできた骨を1点で固定して、折りたたむことができるのが扇子の特徴です。広げて使うものであるため、一定方向にしか開きません。一般的には右利き用に作られていますが、中には左利き用のものもあります。小さく折りたためるということで、バッグなどに忍ばせておくことができることから、夏場には活躍するアイテムです。
扇という漢字を書きますが、本来は軽い扉という意味があります。それが、扇子という言葉になりました。起源としては中国で使われていた翳という長いうちわだと考えられています。「さしば」と読みますが、高貴な人が暑いときに使うためだけではなく、自分自身をさらさないように顔を隠す道具でもありました。神秘性を高めるというだけではなく、ひとつの線引きでもあり、境界線を意識させるために使われていたともいわれています。こうした道具も、自分で持つものではなく、従者が持って出かけました。この翳は、折りたためるものではありません。
これが古代時代の話で、日本には古墳時代に伝わってきたのではないかと考えられています。日本が6世紀の頃の古墳のひとつに大室古墳群がありますが、埴輪として出土していますし、高松塚古墳には、壁画として残っていることから、その時代に伝わってきていたことがわかっています。

折りたためるようになった扇子の起源


翳は、折りたたむことができなかったことから、扇子ではなくうちわの起源だったのではないかともいわれています。それが、折りたたむようになるのは、北宋の時代からです。これ以前は、折りたためるものはなかったと考えられています。日本にも北宋の時代に伝わってきたと考えられていますが、奈良時代には檜扇が発見されている点も重要です。ヒノキの板を薄くして重ね合わせ止めたものでしたが、仰ぐものではなくメモ帳として使われていました。それが、平安時代になり、5本程度の骨を持った扇があおぐことに使われるようになったと言われています。あおぐだけの道具ではなく、紙を貼ったことにより手紙のような使われ方もしました。和歌を書き示すためにも使われていましたが、当然儀礼の道具として進化をしていくようになり、一般にも使われるようになったと考えられます。
北宋時代との絡みもありますが、日本のものが中国大陸に伝わったという記録もあります。日本の僧侶が渡った際に、北宋の皇帝に献上したという記録です。この辺りは明確ではない部分ですが、両方で進化してきたものが、この時代で交わったと考えることもできるでしょう。
起源としては、日本や中国だけではなく、両方の文化が交わったときに、扇子としての役割が生まれたともいえるはずです。これがのちにヨーロッパに伝わり、貴族の持ち物になっていきました。これが16世紀あたりの話ですので、両国ではかなり古くから使われていたといえるでしょう。

扇子が浸透して行くまで


扇子の起源から日本での浸透を考えていくと、武士の時代が大きくかかわってきます。単にあおぐものとしてではなく、その手に持っていたことから、軍を指揮するために使うようになっていきました。方向を指し示すこともできますし、振ることで開始を知らせることもできます。骨を鉄にすることによって、護身用の武器にするという使い方もありました。川中島の合戦で、上杉謙信の刀を武田信玄が鉄扇で受けるというのがありますが、真偽はともあれ、こうした使い方もあったといえるでしょう。それだけに、刀と同じような使い道のものであると解釈されていたと考えられます。特に刀と違い、さやから抜く必要もなく、触れてけがをさせることもなかったことを考えれば、便利な持ち物であったとも考えられるでしょう。
庶民のものとしては、正月などにお宮参りをするときに使われたことがわかっています。祝言をあげるときにも、扇子が取り交わされるなど、一般化して浸透していたといえるでしょう。室町時代に生まれた能楽にも使われていますし、戦国時代からのちに完成して行く歌舞伎でも欠かすことができません。同じような時期に成立する茶道でも必要な道具のひとつとして考えられています。それだけ生活にも浸透して行ったことがわかる部分でしょう。庶民への浸透も、かなりのものであったことがうかがえます。
ヨーロッパでの浸透を見てみると、17世紀になり、パリでは専門店が150もあったといわれているのですから、浸透の度合いがわかるでしょう。日本とは違い、上流貴族などの持ち物で、レースや鳥の羽をつけて大流行していきます。涼むために使われるのではなく、口元を隠したり、コミュニケーションのための道具として進化していきました。結果として、独自の進化を遂げ、おしゃれな道具として浸透して行ったのは、起源となった日本や中国とは違う感性や文化があったからといえますが、これも面白いところでしょう。

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